Concept

【私の目指すところ】

フランスにはフランスの食文化が有るように、日本にもフランスに負けない素晴らしい食の文化と歴史が存在しております。

京都のお公家さんや御所の中で栄えてきた『京会席』、加賀百万石の『加賀会席』、九州の長崎には『卓袱料理』もあります。

そして、味のバリエーションを広げる調味料としては、塩・砂糖をはじめとして、醤油(薄口/濃口)・味醂・味噌(西京味噌/八丁味噌etc)・お酢(米酢/黒酢etc)など多数あり、それらの組み合わせによって数多くの料理が生み出されてきました。近年では麹なども調味料の一部として利用されることもあるようですね。

では一方のフランスはどうでしょうか。実はフランス料理で調味料と言われるものはたったの2種類しか存在しません、『塩』と『胡椒』、本当にこの2つだけなのです。ではどのようにしてフランスでは味にバリエーションを付けているのでしょうか?

それはフランス料理の基本テクニックと日本料理の基本テクニックに大きな違いが有るからにほかなりません。日本料理では『だし』を取ってそれでお吸い物も作り、野菜の煮物やお浸し、魚の煮物にも利用します。これらに味醂や砂糖で甘さを加え、薄口醬油や味噌で塩分を調整しひとつの料理が誕生します、後はそれぞれの調味料のバランスの変化によってさらにメニューの幅が広がっていきます。料理人によっては「カツオだし」「昆布だし」「混合だし」などのどれを使うのかは好みが分かれるようですが。

一方フランス料理では、和食で言う「だし」に当たるものにはもっと多くの種類が存在します。使用目的により名は変わりますが「フォン」「ジュー」「ブイヨン」などがそれに当たります。

ジューやブイヨンはフォンよりも味が濃く、ジューはひと手間加えればソースとなり、ブイヨンは後ひと手間でスープへと変化する状態のものです。ちなみにこのブイヨンにさらに肉を加えて肉の味を追加して澄ませた物がコンソメスープと呼ばれるものです。さらに、鴨料理には鴨の、鳩料理には鳩の、兎には兎の、鹿には鹿のフォンやジューが存在し、魚介においても「フューメ」「ジュー」「ブイヨン」と各種存在しています。ここまでがフレンチの基礎部分であり味の違いを作り出す基本でもあるわけです。これらに生クリームを加え滑らかさと味の厚みを足したり、トマトや香草の香りを加えたり、或いは各種のワインの風味をプラスしたり、「血」や「内臓(レバーやフォワグラ)」を足してコクを増したりしてさらにバリエーションが広がっていくのです。ちなみに私の場合には、この他に野菜料理の為に野菜のブイヨンも使用しています。これが日本料理とフランス料理の大きな違いであり、フランス料理が香りの料理と言われる所以なのです。日本料理との違いをご理解いただけましたでしょうか?

近年東京でもフランス人の料理人を多く見かけるようになりました、彼らは日本に来て見たこともない日本の食材に触れ、その中から日本人に合ったフランス料理を作り出そうと努力しています。一方フランスに修行に行って再び日本に帰ってきた料理人も、日本人向けに受けの良いフランス料理を考案しようと努めます。ところが両者の作り出した完成された料理には大きな違いが生じるのです。

フランスの料理人は日本の食材をフランス料理の基本に沿って創意工夫するのに対し、日本の料理人は醬油や味噌といった日本特有の調味料を使い分け、それらによって生じる味の変化に安易に走ってしまうのです。前者の料理にはフランスのエスプリや香りが漂っておりますが、後者の物にはそれらは既に存在すらしておりません。多少まともな料理人は次に「だし」に目を向けますが、だしはフレンチで言うフォンとしての味の濃さしか有りません。スープにも、ましてソースにするにも薄すぎて物足らないのです、精々ゼリーに仕立てるのが無難なところでしょう。もしフランス人の観光客が後者の料理を食べたなら、これはフランス料理では無いとクレームになる事でしょう。他国の料理を自国の料理へと変化させると言うことはそれくらい難しい事なのです。もし貴女が韓国か中国に旅行したことが有り、現地の寿司を召し上がった経験がお有りなら十分にご理解いただける事なのではないでしょうか。

当店では前述の両者とも違った向き合い方で、日本人向けに健康的で軽い味わいの日本風のフランス料理を築こうと現在努めております。先日金沢にある『山乃尾』という料亭旅館を訪れ加賀料理を頂いた折に、加賀料理の治部煮とのどぐろのシャブシャブがあまりにも美味しく感銘を受けたのがきっかけでした、寿司屋で食べたのどぐろの炙りも美味しかったな~。

この北関東の方々の味覚には京会席より加賀料理の方が絶対に口に合う、そのように確信した出来事でした。「京会席の味付けは上品すぎる、フレンチ風にコクを足してのアレンジには無理がある」との判断のもとに、それならばと加賀料理の見た目の雰囲気と盛付はそのままに、味付けに関してはフレンチの基本に沿って「ジュー」を利用してみた。見た目は加賀料理であっても口に入れればフランスのエスプリが感じられる、そんな新たな視点に立ったフランス料理が完成した。

これが他の人とは違った独自の私の目指す料理像であると悟り、己の料理に立ち向かう方向性が定まった、いつの日かグラン・メゾンという頂きに届く日の為に。